目合ひ(まぐわい)で感情が解放された体験|ハグの翌朝、涙が止まらなくなった理由

この記事は、今から約1年半前に経験した、目合ひと感情の解放についてのお話です。

当時、ある女性と出会い、ハグや目合ひを通して、これまでに経験したことのないような感覚を味わいました。

そして翌朝、突然、身体の奥底から大きな感情があふれ出し、涙が止まらなくなったのです。

あのとき、私の身体には何が起きていたのか。

今振り返っても、簡単に言葉では説明できない、不思議な体験でした。

今回は、当時の出来事を振り返りながら、感じたことをありのままに綴っていきたいと思います。

目次

偶然のようで、必然だった出会い

ある日、SNSで一人の女性の投稿を見つけました。

彼女は、子宮や性、そして目合ひについて、さまざまな発信をしていました。投稿を読んでいると、共感することがたくさんありました。

そして、ふと思ったのです。

「なんだか、この人に会ってみたい!会ってハグしたい!!」

特別な理由があったわけではありません。

ただ、何か通じ合うものがあるような氣がしたのです。

思い切って彼女に連絡してみると、東北に住んでいることがわかりました。

すると、彼女からこんな返事が届きました。

「私も会いたい。寝どころとご飯はあります。ハグしましょう。」

彼女もまた、何かを感じていたのかもしれません。

お互いに会いたいという氣持ちがあり、話は自然と進んでいきました。

彼女に連絡した朝、スケジュールを確認し、一週間後や二週間後の空いている日を伝えました。

すると、彼女も都合のよい日を教えてくれました。

そして、最後にこう言ったのです。

「もしくは今日、お休みです。」

今日?
ちょっと待って。

スケジュールを確認してみると、その日は朝の予定さえ終われば、翌日まで時間が空いていました。

「これは行ける!」

すでに朝の用事を済ませるために電車に乗っていた私は、そのまま東北へ向かうことにしました。

着替えも、宿泊の準備もありません。
大宮駅で新幹線の切符を購入し、人生で初めて東北へ向かいました。

最寄り駅に着くと、彼女が改札口で待っていてくれました。

初めて会うはずなのに、どこかで会ったことがあるような、不思議な感覚がありました。まるで、以前から知っている人と再会したような氣分でした。

彼女の家で感じたこと

車の中で話をしていると、彼女は今、仕事について悩んでいることを教えてくれました。

やりたくない仕事があること。
新しい仕事の話もあるけれど、引き受けるべきか迷っていること。

このときはまだ詳しく知りませんでしたが、彼女はお金にまつわる問題や、そこから生まれる罪悪感を抱えていました。

彼女の家に到着すると、とても素敵な二階建ての一軒家がありました。

階段を上がっていくと、キャンバスに描かれた絵が飾られていました。

家の玄関に飾ってた絵

彼女の描く絵には、何か特別なものが宿っているように感じたのです。

普段、絵を見るとき、少し眺めるとすぐに目を離してしまいます。
ところが、その絵からは目を離せませんでした。

ずっと見つめていたくなる。

そこに何かが存在しているように感じる。

「この人の描く絵には、魂が入っている。」

そんな言葉が自然と浮かんできました。

彼女は、なんて素晴らしい表現の力を持っているのだろう。
そう感じました。

コーヒーを淹れてもらい、お菓子を食べながら、たくさん話をしました。
とても満たされた時間でした。

その中で、彼女がかつて、自分が女性であることを認めたくなかった時期があったことを知りました。

「なんで女性と男性で分けるの? なんで生命じゃダメなの?」

そんな思いを抱いていたそうです。

その話を聞いて、新しい視点をもらいました。

それまで、施術などを通して、身体の右半分が男性性、左半分が女性性という考え方をしていました。

しかし、よく考えてみれば、男性性と女性性は、そんなに単純に分けられるものなのでしょうか。

人間の中には、さまざまな性質が混ざり合っています。
どこからが男性性で、どこからが女性性なのか。

明確な境界線など、本当はないのかもしれません。

彼女との会話を通して、自分がこれまで当たり前だと思っていた考え方を、改めて見つめ直すことになりました。

ハグから始まった、身体の対話

氣がつくと、ハグをしていました。

彼女のハグは、本当に不思議でした。

まるで、うねる波や渦を抱きしめているような感覚。

彼女の身体は波紋のように動き、その動きが自然と私にも伝わってきます。

「なんて心地いいんだろう。」

そう感じました。

言葉を交わさなくても、身体を通して何かが伝わってくる。

彼女の呼吸や動き、身体の反応を感じながら、私自身も少しずつ力が抜けていきました。

やがて、私たちはお互いの首筋にキスをするようになりました。

触れ合いが深まるにつれて、身体の感覚も変わっていきます。

キスを交わし、相手の身体に触れ、時折、目を合わせる。

言葉だけでは伝えきれないものを、身体を通して確かめ合っているようでした。

特に印象的だったのは、彼女の感受性の豊かさです。

指が触れるか触れないかという、ごくわずかな刺激にも、彼女の身体は反応していました。

その後、私たちは寝室へ移り、お互いの身体をさらに深く感じ合う時間を過ごしました。

それは単に身体的な快感を求める時間ではありませんでした。
相手の存在を感じ、自分の存在も感じる。

お互いの境界線が少しずつ曖昧になり、二人の間にあった隔たりが薄れていくような感覚でした。

そして、不思議なことが起こりました。

彼女の存在を感じられなかった

彼女と體を重ねている時、不思議な違和感を覚えました。

體は確かにつながっている。お互いに触れ合い、同じ時間を過ごしている。

それなのに、彼女という存在を、うまく感じ取ることができなかったのです。

彼女は子宮にいなかった。

「どうしてだろう?」
「彼女は、ここにいるはずなのに。」

私は、彼女の存在を感じようとしていました。
けれども、どこか遠くにいるような感覚がありました。

もちろん、それが何を意味していたのか、当時の私にはわかりませんでした。

一緒にどれくらいの時間を過ごしたのかも、よく覚えていません。

氣がつくと、外はすっかり暗くなっていました。
彼女は夕食を作りに行き、私は布団に横になっていました。

そのとき、もう一つ氣になることがありました。

下腹部から性器のあたりに、何か重たい感覚があったのです。

理由はわかりませんでした。
ただ、その重みが妙に印象に残っていました。

彼女が抱えていたもの

夕食ができあがりました。

出してくれたのは、おにぎりとお味噌汁、そして漬物。

どれも本当においしく、私は感動しました。

山形のお米は本当に美味しかったです!!こんなにお米を美味しいと感じたのは久しぶりでした。

その氣持ちを素直に伝えると、彼女はとても喜んでくれました。

話を聞くと、これまで、自分が作った料理を褒められた経験がほとんどなかったそうです。
両親には味が薄いといつも彼女が作る料理に文句を言っていました。

不思議に思いました。

こんなにおいしい料理を作れるのに。
こんなに素晴らしい絵を描けるのに。
どうして、自分の持っているものを、もっと自由に表現できないのだろう。

食事をしながら、彼女のこれまでの人生について、少しずつ知ることになりました。

彼女は20代の頃、東京で生活していました。その後、スピリチュアル系のセミナーに深く関わるようになり、数百万円の借金を抱えることになったそうです。

借金の一部は両親に負担してもらったものの、今度は両親に対する罪悪感を抱えるようになりました。自分の好きな仕事もできず、家賃の支払いにも苦労していました。

彼女は、やりたくない仕事を続けることで、どんどん自分のエネルギーが失われていくように感じていました。

生きている実感がない。

そんな思いを抱えていたのです。

私は、彼女の話を聞きながら、昼間に感じた違和感を思い出していました。

なぜ、彼女の存在をうまく感じられなかったのだろう。

彼女は、自分の本来の力を発揮できず、お金への不安や罪悪感の中で身動きが取れなくなっているように見えました。

もちろん、彼女が抱えていた問題と、身体を通して感じたことが直接つながっていたのかどうかはわかりません。

ただ、当時の私には、彼女が抱えている苦しさが、何か深いところで伝わってきたように思えたのです。

彼女の描いた絵を思い出しました。

あんなに美しいものを生み出せる人が、どうして自分のやりたいことをできずにいるのだろう。
あんなに豊かな感性を持っている人が、どうしてお金への不安に縛られながら生きているのだろう。

彼女には、彼女にしかできない表現がある。

そう感じていました。

私が経験してきたことや、人生について考えていることを彼女に伝えようとしました。

しかし、彼女の中には、これまでに何度も何かを変えようとして、うまくいかなかった経験が積み重なっていました。

「そういうこともやってみたけれど、何もうまくいかなかった。」

そんな思いがあるからこそ、私の言葉も簡単には届きません。

彼女を励まそうとしました。けれども、言葉だけではどうにもならないことがある。
それを感じていました。

それでも、彼女自身が変わりたいと願っていることは伝わってきました。

きっと私と出会ったことで、何かが少しずつ動き始めている。目に見える変化は、まだ何も起きていないけど。

当時の私は、宇宙(自然の流れ)がこの出会いを導いてくれたのだと考えていました。

彼女と出会い、彼女が抱えているものに触れるために、私はここまで来たのかもしれない。

そんな思いがありました。

彼女を抱きしめながら眠った夜

夕食の後、私たちは一緒にお風呂に入り、そのまま眠ました。

彼女の手を握っていました。

夜中に目が覚めるたび、彼女を包み込むように抱きしめました。

彼女の頭が私の胸にくるように、そっと身体を寄せて。

頭や顔にキスをしながら、心の中で何度も言葉をかけていました。

「もう大丈夫だよ。」「すべてはうまくいくよ。」「やりたくないことは、無理にやらなくてもいいんだよ。」

彼女の無意識に届いてほしい。

そんな思いで、彼女を抱きしめていました。

本当に彼女に何かが伝わっていたのか、それはわかりません。

ただ、そのときの私には、彼女が安心して、自分自身に戻れるような時間を一緒に過ごしたいという氣持ちがありました。

そして、翌朝。

予想していなかった体験をすることになります。

突然、あふれ出した涙

翌朝、彼女は9時30分から仕事があり、私を駅まで送ってくれることになっていました。

しかし、彼女の表情や雰囲気は、前日とは違って見えました。

とても重い空気でした。

仕事に行きたくない。本当にいやだ。

そんな氣持ちが、彼女の様子から伝わってくるように感じたのです。

この絵を見て涙が溢れ始めた

彼女の描いた絵を見ていたときです。

止めようとしても、止まりませんでした。

「どうして、こんなに美しいものを作れる人が、やりたくない仕事をしているんだろう。」
「どうして、こんなに素晴らしいものを持っている人が、苦しみの中にいるんだろう。」

そんな思いが、次々と湧き上がってきました。

涙を流しながら、彼女に問いかけました。

すると、彼女も感情を爆発させました。

「私だって、好きでこれを選んでるわけではないのよ!」

そんな思いをぶつけてくるような反応でした。

彼女の言葉を聞いた瞬間、彼女を抱きしめました。

すると、突然、私の身体が震え始めたのです。

そして、次の瞬間。

自分でも驚くほど大きな声で、泣き始めました。

「うあーん!」「うぇーん!」
「うーっ、うっ、うっ……!」

丹田の奥底から、何かが突き上げてくるようでした。
頭で考えて泣いているのではありません。
感情を抑えようとしているわけでもありません。

ただ、身体の奥から、声と涙があふれ出してくるのです。

自分でも、何が起きているのかわかりませんでした。

「どうして、こんなに泣いているんだろう?」
「どうして、こんなに大きな感情が出てくるんだろう?」

不思議で仕方がありませんでした。

これまでにも、丹田の奥から涙があふれ出すような体験をしたことはありました。

しかし、今回の泣き方は、それまでとはまったく違っていました。

身体が大きく震え、声が出て、涙が次々とあふれてくる。

自分の意思では、どうにもできませんでした。

目合ひを通して、感情を消化したのかもしれない

彼女の肩の上で5分から10分ほど泣き続けていました。

そして、少しずつ涙が落ち着いてきました。

深く呼吸をすると、身体の中がすっきりしていることに氣づきました。

あれほど重たく感じていた下腹部から性器のあたりの感覚も、いつの間にか消えていました。

そのとき、私の中に一つの感覚がありました。

もしかしたら、彼女が抱えていたものを、身体を通して感じ取っていたのではないだろうか。そして吸収していたのではないだろうか。

前日の目合ひを通して、お互いの感情や感覚が深く交わった。
そして翌朝、彼女の苦しさに触れたことで、自分の中にあった何かも一緒にあふれ出したのではないだろうか。

そんなふうに感じたのです。

まるで、彼女が長い間抱えてきたものと、私自身が抱えていたものが重なり、私の身体を通して消化されていったようでした。

コーラにメントスを入れると液体が放出されるように、彼女の抱えていたものが私の中に入ることで私が抱えていたものと一緒に全部出たのかもしれないと感じています。

もちろん、実際に彼女の感情を私が引き受けたのかどうかはわかりません。

彼女の中で何が起きていたのかも、私にはわかりません。

ただ、あのときの私は自分一人の感情を処理しているという感覚とは、どこか違うものがありました。

彼女を抱きしめていたはずなのに、氣がつけば、自分の身体の奥底から大きな感情が解放されていたのです。

目合ひとは、単に體を重ねることではないのかもしれません。
相手に触れ、相手を感じ、自分自身の内側にも触れていく。

その過程で、自分でも氣づいていなかった感情や感覚が浮かび上がってくることがあるのかもしれません。

少なくとも、私にとってこの体験は、體のつながりと感情の動きについて、改めて考えるきっかけになりました。

一期一会の出会い

やがて、出発の時間が来ました。

彼女は私を駅まで送ってくれました。

それ以来、連絡をとっていないし、会っていません。

あの日、私たちは出会い、触れ合い、言葉を交わし、そして、予想もしなかった感情の解放を経験しました。

彼女の生活が、その後どのように変化したのか。抱えていた問題が解決したのか。

私にはわかりません。

ただ、彼女が自分の持っている豊かな感性や表現の力を、これからもっと自由に発揮できるようになってほしい。

そうなったらいいなと願っています。

そして、もしまた会う機会があれば、もう一度、彼女と目合ひを通して、お互いの存在を感じ合ってみたいと思います。

あのとき、私の身体の中で何が起きていたのか。

今でも、すべてを説明できるわけではありません。けれども、あの体験は、私にとって忘れられないものになりました。

偶然のように始まった東北への旅。

そこで出会った一人の女性。

そして、身体の奥底からあふれ出した涙。

振り返ってみると、私にとっては、心と體、そして人と人とのつながりについて深く考える機会になったのだと思います。

これが、約1年半前に私が経験した、目合ひと感情の解放のお話です。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

まだ5月だったので、目合っている間「寒くない?もっと部屋を温める?」と確認しましたが「山形の女性にはこれは全然暑いよ」と言われたのが印象に残っています。今思い返してクスッと笑ってしまいました。

目合ひを、もっと深く知りたい方へ

目合ひとは何なのか。
性、身体、女性性・男性性、人と人とのつながり、自分との向き合い、
私が探究していることをメールでお届けします。

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この記事を書いた人

目合ひに出会ってから、セックスに戻れなくなりました。

セラピスト・カウンセラー・目合ひの人

性欲も、睡眠欲も、食欲も。
人間に自然に備わっているものを否定せず、
自然の流れに沿って生きることを探究しています。

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