目合ひ(まぐわい)という「神の快感」を知ってから、セックスに戻れなくなった話

「セックス」という言葉を聞いたとき、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。

裸になること。

男性器を女性器に挿入すること。

身体を動かして快感を高め、最後に射精やオーガズムを迎えること。

人によってイメージは違うと思いますが、現代の日本では「セックス」という言葉から、こうした行為を想像する人は少なくないと思います。

でも僕は、ある体験をしてから、性をそれだけのものとして考えられなくなりました。

その体験を表現するとき、僕には「セックス」よりもしっくりくる日本語があります。

それが、

という言葉です。

僕は一度、この世界を知ってしまってから、以前のようなセックスには戻れなくなりました。

なぜなら、身体を激しく動かして得る快感とはまったく違うものを経験してしまったからです。

ほとんど動いていない。
なのに、身体の内側ではものすごいことが起きている。
気づけば4時間、5時間という時間が過ぎている。

そして最後には、自分と相手の境界すら曖昧になっていく。

僕はその体験を、自分の中で、

「神の快感」

と呼んでいます。

この記事では、少し恥ずかしさもありますが、僕自身が実際に経験した「まぐわい」について書いてみようと思います。

目次

「セックス」の前に、日本人は性をどう表現していたのだろう

「sex」は英語の言葉です。

海外へ行ったことがある方なら、パスポートや公的な書類の「Sex」という欄を見たことがあるかもしれません。

そこでは、Sexは「性別」という意味で使われています。
もちろん、現代英語のsexには性行為という意味もあります。

そして日本でも「セックス」という外来語が広まり、現在では性行為を意味する言葉として当たり前に使われるようになりました。

では、その言葉が一般化する以前、日本人は男女が身体を重ねることを、どのような言葉で表現していたのでしょうか。

そこで僕が惹かれた言葉のひとつが、

「まぐわい」

でした。

目合ひ(まぐわい)という美しい言葉

「まぐわい」は古くから使われてきた日本語で、男女が契りを結ぶこと、性交することなどを意味する言葉です。

そして僕がとても惹かれたのが、

「目合ひ」

という表現です。

目を合わせる。
相手を見る。
相手を感じる。

そして、身体を重ねる。

僕はこの言葉に出会ったとき、

性は「する」という行為だけではなく、二人がつながっていく時間なのではないか

と思うようになりました。

これは「まぐわい」という言葉の唯一の歴史的な解釈だ、と言いたいわけではありません。

ここから書くのは、あくまで僕自身がこの言葉と、自分の実体験を重ねて感じている「まぐわい」です。

現代の「セックス」という言葉からは、どうしても性器同士の接触や挿入を最初に想像しやすい。

でも僕にとってのまぐわいは、そこから始まりません。

見つめ合う。
触れる。
呼吸を感じる。
相手の温度を感じる。
匂いを感じる。
安心する。
身体を委ねる。

そして、少しずつ二人の境界がなくなっていく。

男性と女性がお互いの存在を、心と身体で味わっていく。

僕にとって、まぐわいとはそういうものです。

まぐわいは「ピストン運動」からほど遠かった

僕がまぐわいを経験して最も驚いたことがあります。

それは、

ほとんど動かなくても、とても深い快感が生まれる

ということでした。

僕は自然を観察することが好きです。

自然を見ていると、いつも感じることがあります。

自然は焦っていない。

木は「早く大きくならなければ」と焦らない。

花も「早く咲かなければ」と力まない。

波も、風も、雲も、ただそのときの流れの中にあります。

僕はそれを、

「ゆるみ」

と呼んでいます。

ところが現代社会では、僕たちは常に結果を求められます。

  • 仕事。
  • お金。
  • 数字。
  • 成果。
  • スピード。

いつの間にか「早く結果を出すこと」が身体にまで染み込んでしまう。

そして僕は、性の中にも同じものが入り込んでいるように感じています。

  • 勃起する。
  • 挿入する。
  • 動く。
  • 絶頂する。
  • 射精する。
  • 終わる。

もちろん、こうしたセックスを否定したいわけではありません。

それが心地いい二人もいるでしょう。

ただ、僕自身はあるとき、

別の性の世界があることに気づいてしまいました。

そして実際に、それを経験しました。

まぐわいには、ほとんど動きがなかった

僕が経験したまぐわいでは、挿入したあと、激しく動き続けることはほとんどありませんでした。

  • ただ、つながっている。
  • 相手の身体を感じる。
  • 呼吸を感じる。
  • 表情を見る。
  • 触れる。

そして、その状態に身体を委ねていく。

すると不思議なことが起こりました。

  • 身体の力が抜ける。
  • 呼吸が深くなる。
  • 相手との境界線が分からなくなる

自分の感覚がどんどん開いていき、敏感になっていきました。

ここで大切なのは、

「女性の身体は必ずこうなる」

という話ではないことです。

身体の反応は一人ひとり違います。

ただ、少なくとも僕が経験した相手との間では、お互いが安心してゆるんでいくほど、性器同士がより密着していくような感覚がありました。

お膣がおちんを招き入れて、おちんを包み込み、真空ができるので、動こうと思っても動けないような状態です。

僕にはそれが、

二つのものが「カチッ」と一つにつながる

プラグとコンセントのように感じられました。

そして、そこから今まで知らなかった感覚が始まりました。

「自分の快感」と「相手の快感」の境界がなくなる

動かない。

だからこそ、感じる。

これは僕にとって大きな発見でした。

普段なら気づかないような、

  • 相手の呼吸
  • 身体の震え
  • 温度
  • 鼓動
  • わずかな動き

それらを身体全体で感じるようになります。

安心して身を委ねる相手であれば呼吸も深まり、感覚がさらに開くことで感受性が高まります。

すると、

「自分が気持ちいい」
「相手が気持ちいい」

という区別が、少しずつ曖昧になっていきました。

相手に快感が走る。

それを僕が感じる。

僕の身体に起きた感覚が、今度は相手へ返っていく。

まるで二人で一つの電気回路を作ったようでした。

小さな雪玉が坂を転がりながら大きくなっていくように、

小さかった快感が、お互いの身体を行き来するたびに少しずつ大きくなっていく。

これは僕にとって、それまで知っていた「セックスの快感」とはかなり違うものでした。

龍が身体を昇っていくような感覚

さらに不思議なことが起こりました。

身体は動いていない。

それなのに、

身体の内側では、ものすごい動きが起きている。

最初は小さな渦のような感覚です。

それが少しずつ大きくなる。

やがて竜巻のようになって、身体の中を上へ上へと昇っていく。

僕には、

龍が身体の中を昇っていく

ように感じられました。

もちろん、本当に何らかの「龍のエネルギー」が存在していると科学的に主張しているわけではありません。

あくまで、そのとき僕の身体に起きていた感覚を言葉にするなら、これが一番近いのです。

波が来る。
消えていく。
また波が来る。
そして、また大きくなる。

身体は静かなのに、内側では激しく動いている。

波が来るたびに彼女は喘ぎ声を出していました。これはよく聞くことですが、女性は男性より20倍も感じる生き物なので快感も20倍感じていたと思います。

僕はそのとき初めて、

快感には「激しく動いて作るもの」だけではなく、「静かになることで現れてくるもの」もある

のだと知りました。

気づいたら4〜5時間が経っていた

もう一つ驚いたのが、時間でした。

まぐわっていると、時間の感覚が少しずつなくなっていきます。

「あと何分」
「何時まで」
「いつ終わる」

という感覚が消えていく。

ただ、

  • 今、相手に触れている
  • 今、気持ちいい
  • 今、温かい
  • 今、安心している

それだけになる。

気づいたら4時間、5時間が経っていたこともありました。

とにかく居心地良い。気持ち良い。快感をずっと感じている。

それでも、

「長かった」

という感覚ではありませんでした。

むしろ、

という表現のほうが僕には近い。時間軸が歪む。

今ここにいて、心地よい瞬間をただ浴び続ける。

そのとき僕は、とてもゆるんでいました。

そして、ときどき、

自然の中に自分が溶けていくような感覚

さえありました。

僕はこの感覚を万物との一体感という形で表現をしています。

目合ひ(まぐわい)を知ってから、以前のセックスに戻れなくなった

僕が初めて「まぐわい」と呼びたくなるような体験をしてから、約一年半が経ちました。
現在、僕にはパートナーはいません。

だからといって、誰とでも同じことができるとは思っていません。

むしろ逆です。

僕が経験したことから強く感じているのは、

「何をするか」以上に「誰といるか」が大切だ

ということです。

  • 安心できること
  • 自分をさらけ出せること
  • 相手を尊重できること
  • お互いが同じ方向を向いていること
  • お互いが緩んでいて心の余裕があること

そして、

  • 相手を気持ちよくさせなければ
  • 自分が気持ちよくならなければ
  • 絶頂しなければ

という結果から離れられること。

そんな相手と身体を重ねたとき、性は「行為」ではなくなっていくのかもしれません。

だから僕は、もう以前のようなセックスだけを求めることができなくなりました。

僕は、残りの人生でもっと「まぐわい」を知りたい

少し大げさに聞こえるかもしれません。

でも僕は、

残りの人生で、もっとまぐわいを知りたい

と思っています。

  • もっと相手を感じたい
  • もっと自分の身体を感じたい
  • もっと深く安心したい
  • もっと深くつながってみたい
それくらい、あの体験は僕の性に対する考え方を変えました。

僕はときどき、

世界中の人が、安心できる相手とこんなふうに触れ合えたら、世界はもう少し平和になるのではないか、

と本気で思います。

怒りや争いを抱えながら生きるより、
大切な人を見つめて、
触れて、
温度を感じて、
安心して身体を委ねる。

そんな時間が人生の中にもっとあったら、人間は少し違う生き物になるのかもしれません。

それが歴史上の日本人にとっての「まぐわい」そのものだったのかは、僕には分かりません。

でも僕はこれからも、

そう思っています。

これが、僕が「スキンシップ研究家」として性について発信している理由の一つでもあります。

「私たちの関係も、もう一度変えられるだろうか」と思った方へ

ここまで読んでくださった方の中には、

「そんなふうにパートナーと触れ合えたらいいな」

と思った方もいるかもしれません。

一方で、

「もう何年も触れていない」

「セックスはあるけれど、どこか満たされない」

「触れられること自体が嫌になってしまった」

「相手とどうやって距離を縮めたらいいのか分からない」

という方もいると思います。

僕は、いきなり「まぐわいをしましょう」とは思っていません。

むしろ、そのずっと手前にある、

安心して話せること。
目を合わせられること。
触れられること。
そして、自分の気持ちを感じられること。

そこからだと思っています。

現在、夫婦・カップルの関係やスキンシップ、セックスレスなどについて、個別カウンセリングを行っています。

僕から一方的に「こうしてください」と答えを押しつける場所ではありません。

まず今、二人の間で何が起きているのか。

そして本当は、どんな関係になりたいのか。

そこから一緒に整理していきます。

この記事を読んで、

「自分たちの関係について、一度ちゃんと考えてみたい」

と思った方は、個別カウンセリングについてご覧ください。

無理に申し込む必要はありません。

今の二人に必要なものを考える、ひとつのきっかけになれば嬉しいです。


目合ひを、もっと深く知りたい方へ

目合ひとは何なのか。
性、身体、女性性・男性性、人と人とのつながり、自分との向き合い、
私が探究していることをメールでお届けします。

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この記事を書いた人

目合ひに出会ってから、セックスに戻れなくなりました。

セラピスト・カウンセラー・目合ひの人

性欲も、睡眠欲も、食欲も。
人間に自然に備わっているものを否定せず、
自然の流れに沿って生きることを探究しています。

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