性欲の正体は宇宙に還ること?|三大欲求について薄々感じていること

なぜ、私たち人間には「性欲」があるのでしょうか?

生物学的に考えれば、その理由の一つはとてもシンプルです。

子孫を残すため。

人間も動物ですから、種を存続させていくために性欲が備わっている。

これは、とても自然な説明だと思います。

ただ、私はこれまで自分自身の性やスキンシップ、そして目合ひ(まぐわい)について深く向き合ってきた中で、それだけでは説明できない何かがあるように感じるようになりました。

人間は、子どもをつくるためだけに愛し合うわけではありません。

触れ合い
  • 相手に触れたい
  • 抱きしめたい
  • 肌と肌を重ねたい
  • 一つになりたい
  • 深く繋がりたい

それでも私たちは、相手を求めます。

では、性欲とは一体何なのでしょうか。

最近、三大欲求について考えているうちに、一つの仮説が自分の中に生まれてきました。

それは、

というものです。

もっと簡単に言えば、

人間として生きることを少しだけ休む時間。

そして、

性欲とは、誰かと一緒に宇宙で休憩したくなる欲求なのではないか。

そんなふうに感じています。

もちろん、これは科学的な理論ではありません。

これまで私自身が、性、身体、スキンシップ、目合ひ、そして人間の欲求について向き合ってきた中で薄々感じ始めている、一つの世界観として読んでいただけたらと思います。

目次

性欲の正体は宇宙に還ること?

まず最初に、私がこの記事で使っている「宇宙」という言葉について説明しておきたいと思います。

宇宙というと、

テレビ番組や写真で見る、惑星や無数の星々が浮かぶ暗い空間を想像する人が多いと思います。

もちろん、それも宇宙です。

しかし、私が考えている宇宙はもう少し広いものです。

地球も宇宙です。

海も宇宙。

山も宇宙。

木も宇宙。

動物も宇宙。

私たち人間も宇宙。

そして私は、生まれる前の私たちも、この大きな宇宙の中にいたのではないかと感じています。

そこには、「私」という境界線さえなかったのかもしれません。

男でもない。女でもない。

日本人でもない。何者でもない。

名前もない。肩書きもない。

過去も未来もない。

ただ、存在している。

宇宙は「無」でありながら、同時に「有」でもある。

そんな場所なのではないかと私は感じています。

そこから私たちは、この地球に生まれてきます。

そして、一人の人間として生き始めます。

名前を与えられ、

身体を持ち、

家族を持ち、

社会の中に入り、

人間関係をつくり、

仕事をして、

お金について考え、

将来について考え、

自分という存在を維持しながら生きていきます。

それは、とても面白い経験である一方で、ものすごく疲れることでもあります。

「人間をすること」を維持するために充電が必要

私たちは一日中、

「私」という人間をやっています。

だから疲れが溜まるのではないでしょうか。

私たちが疲れているのは、身体だけではないと思います。

「私であり続けること」にも疲れている。

人間をすることに疲れている。

地球という現実世界に長くいすぎて、重力に引っ張られすぎている。

もちろん、これは物理的な重力の話だけではありません。

仕事。
お金。
責任。
人間関係。
肩書き。
過去。
未来。
不安。
常識。

「こうしなければならない」という思考。

そういったものも含めて、私は地球の重力のように感じています。

ずっと地球にいると、身体も心も重たくなっていく。

だから私たちは、定期的に宇宙充電が必要になる。

少しだけ「私」をやめたくなる。

何者でもない状態に戻りたくなる。

私は、そのために存在しているのが、

三大欲求なのではないか

と最近感じています。

三大欲求は、人間を休むためにある?

一般的に三大欲求と呼ばれるものがあります。

食欲。

睡眠欲。

性欲。

もちろん、それぞれには生物学的な役割があります。

食べなければ身体を維持できません。

眠らなければ脳や身体が持ちません。

性欲は生殖や種の存続とも深く関係しています。

しかし、それだけではなく、

この三つには共通する不思議な特徴があります。

それは、

三つとも、深く入っていくと「思考が止まり感覚が開く」ということです。

本当に美味しいものを食べた瞬間、

「あぁ……」

となります。

そこには、一瞬思考がありません。

深い眠りに入っているときも、

仕事について考えていません。

自分の肩書きについても考えていません。

明日の予定についても考えていません。

そして、深いセックスや目合ひの中でも、

思考が消えていく瞬間があります。

時間の感覚がなくなる。
自分と相手の境界が曖昧になる。
言葉が必要なくなる。

ただ感じている。

ただ存在している。

私は、この三つには共通して、

「私」という個体から一時的に離れる働きがあるのではないか

と感じています。

だから三大欲求とは、

単純に生命を維持するためだけのシステムではなく、

地球で人間を続けるために、ときどき宇宙へ還って充電する仕組み

でもあるのではないでしょうか。

睡眠は、一人で宇宙へ還る時間

この考え方をすると、睡眠はとても分かりやすいです。

私たちは毎晩眠ります。

深く眠っているとき、

自分が誰なのか分かりません。

何歳なのか。
男性なのか女性なのか。
日本人なのか。
何の仕事をしているのか。
銀行口座にいくらあるのか。
誰と喧嘩したのか。
明日何をしなければならないのか。

そんなことは全部消えています。

深い睡眠の中では、「私」という人間が一度いなくなります。

そして数時間後、また「私」として戻ってくる。

しかも不思議なことに、眠る前より回復しています。

だから私は、

睡眠とは毎晩一人で宇宙へ還っているようなもの

なのではないかと思っています。

地球から少し離れて、

「私」を休ませ、

また翌朝ここへ戻ってくる。

毎晩行われている小さな帰還です。

食欲は、宇宙を身体に取り込む時間

では、食欲はどうでしょうか。

食べ物も、もともとは自然です。

野菜。果物。米。魚。

肉。水。塩。

それらを辿っていけば、

土があり、雨があり、太陽があり、微生物がいて、

植物が育ち、動物が生きています。

つまり食事とは、

外側に存在している自然を、自分の身体の中へ取り込む行為

とも言えます。

そして、その食べ物はやがて私たちの身体になります。

昨日まで畑にあったものが、今日食べられ、やがて自分の血や肉になっていく。

よく考えると、とても不思議なことです。

「自分」と「自然」は別々の存在だと思っていますが、食事を通して毎日自然が自分になっています。

つまり境界線は、思っているほど明確ではありません。

私たちは宇宙(太陽の粒)を食べ、

宇宙によって身体をつくり続けている。

だから食欲もまた、

自然と自分を再び繋ぐ欲求

なのかもしれません。

性欲は、二人で宇宙へ還る時間

そして三つ目が、性欲です。

私はここが一番面白いと感じています。

睡眠は基本的には一人で宇宙へ還ります。

食事では、自然を自分の中へ取り込みます。

しかし性欲には、

もう一人の人間が存在します。

だから私は性欲を、

だと感じています。

普段の私たちは、

「私」と「あなた」

に分かれています。

私の身体。
あなたの身体。

私の考え。
あなたの考え。

私の人生。
あなたの人生。

でも、深いスキンシップや目合ひの中に入っていくと、その境界線が少しずつ薄くなっていくことがあります。

肌と肌が触れる。

呼吸が重なる。

目を見る。

温度を感じる。

相手の小さな動きを感じる。

言葉が減っていく。

そして深くなればなるほど、

「私が何かをしている」

という感覚すら薄くなっていく。

ただ二人でいる。

ただ触れている。
ただ繋がっている。

そこでは、

社会的な自分が一度消えていきます。

仕事も、お金も、肩書きも、

SNSも、明日の予定も、

どうでもよくなっていく。

時間さえ曖昧になります。

以前、目合ひについて書いた記事でも触れましたが、深く繋がっていると、何時間経ったのか分からなくなることがあります。

私はこの状態こそ、

二人で地球を少し離れている時間

なのではないかと感じています。

だから性欲とは、「快感が欲しい」だけではない。

もっと奥には、

「誰かと一緒に、自分という境界線から解放されたい」

という欲求があるのではないでしょうか。

なぜ愛する人とのセックスは満たされ方が違うのか

もし性欲の目的が快感だけなのであれば、誰と身体を重ねても同じように満たされるはずです。

しかし、実際にはそうではないと思います。

身体は満たされたはずなのに、なぜか寂しい。

終わった後に虚しさが残る。

もっと欲しくなる。

相手と繋がったはずなのに、むしろ孤独を感じる。

そんな性体験もあります。

一方で、愛する人と抱きしめ合っているだけで、ものすごく満たされることもあります。

これはなぜなのでしょうか。

私は、

性欲には心の充電も含まれているから

だと思っています。

身体だけが重なっていても、心が安心していなければ、深いところまでは休めません。

「嫌われないかな」
「ちゃんとしなきゃ」
「気持ちよくさせなきゃ」
「上手くやらなきゃ」
「どう思われているんだろう」

そんな思考が動き続けていたら、身体は地球に残ったままです。

だから私は、深い性に必要なのはテクニック以前に、

だと思っています。

この人の前では頑張らなくていい。

この人の前では自分を守らなくていい。

嫌なことは嫌と言っていい。

止まりたければ止まっていい。

何もしなくてもいい。

ただ一緒にいていい。

そんな安心が生まれたとき、

身体は初めて深くゆるんでいきます。

そして身体がゆるんだ先で、

「私」と「あなた」の境界線もゆるんでいく。

だから愛するパートナーとの性は、

身体だけではなく、

心まで一緒に宇宙へ連れていってくれる

のかもしれません。

性欲の正体は「宇宙に還ること」なのかもしれない

現代人は、常に緊張しています。

スマホ、仕事、人間関係、SNS、情報。

頭はずっと働き続けています。

そんな状態で、

「今から深くつながりましょう」

と言われても、身体はすぐには切り替わりません。

だから、深い目合ひを求めるなら、性生活だけを変えるのではなく、日常そのものをゆるめることが大切なのだと思います。

よく眠る。

自然に触れる。

スマホから離れる。

呼吸を感じる。

何も起こさなくていい時間をつくる。

そして、相手とただ触れ合う。


性欲について考えていると、もう一つ面白いことがあります。

私たちは性に快感を求めます。

過去も未来もなく、

ただ「今、ここ」にいる。

それは、ある意味で瞑想にも似ています。

だから私は、性とは人間に最初から備わっている「自分を手放す時間」なのではないかと感じています。


そして、これは性だけの話ではありません。

眠る。

食べる。

愛する。

この三大欲求は、私たちがもう一度この世界を生きるための「充電」のようなものなのかもしれません。

眠ることで身体を休ませる。

食べることで自然を身体に取り込む。

愛し合うことで、人との境界線を少しゆるめる。

そしてまた、地球へ戻ってくる。

だから私は、

性欲とは、快感を求めるだけではなく、緊張した「自分」を一度手放し、自然の一部だったことを思い出すための欲求でもあるのではないか

と思っています。

それを僕は、

「宇宙へ還る」

という言葉で表現しています。

食べる。

眠る。

愛する。

私たちは毎日、少しずつ「自分」を休ませながら、またこの世界を生きているのかもしれません。


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この記事を書いた人

目合ひに出会ってから、セックスに戻れなくなりました。

セラピスト・カウンセラー・目合ひの人

性欲も、睡眠欲も、食欲も。
人間に自然に備わっているものを否定せず、
自然の流れに沿って生きることを探究しています。

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