女性は自分が気持ち良くなることを許すことで癒される

女性が裸で感じている姿

そう誰かから直接言われた記憶はないのに、なぜか性的な快感を感じることに抵抗がある

パートナーに触れられても身体が緊張する。

自分から「こうしてほしい」と言うことが恥ずかしい。

自分の身体を見ることや、女性器に触れることにも、どこか抵抗がある。


そんな女性は少なくないと思います。

でも、その感覚はあなた自身が心から選んだ価値観なのでしょうか。

もしかすると、幼い頃から家庭や学校、社会の中で繰り返し受け取ってきたメッセージが、今も心や身体のどこかに残っているのかもしれません。

だから私は、性に対して抵抗を感じている女性にとって、

と、自分自身に許可を出してあげることは、とても大切なことだと思っています。

これは単にセックスを楽しめるようになるという話ではありません。

自分の身体を否定しないこと。

自分の感覚を信頼すること。

自分が感じることを、自分自身が認めてあげること。

自分の性をもう一度、自分の手に取り戻していくことです。

目次

女性は性的な快感に蓋をしながら大人になることがある

私たちの中には、幼い頃から繰り返し触れてきた「無意識のメッセージ」があります。

  • 家庭の価値観。
  • 学校で教わったこと。
  • 友人との会話。
  • テレビやインターネット。
  • そして、社会全体に流れている空気。

そうしたものを通して、知らないうちに「これは良いこと」「これは悪いこと」という価値観を身につけていきます。

性についても同じです。

特に女性の性や性的快感について、

「いやらしい」

「恥ずかしい」

「みっともない」

「女性から求めるものではない」

そんなメッセージに触れながら大人になった人もいるでしょう。

もちろん、すべての女性がそうなるわけではありません。

しかし、そのようなメッセージを何度も受け取っていれば、大人になったからといって、ある日突然すべてが消えるわけでもありません。

頭では、

「セックスは悪いことじゃない」

「快感を感じてもいい」

と理解していても、いざ自分の身体のことになると緊張してしまう。

そこには、幼い頃から積み重なってきた価値観が関係していることがあります。

例えば、

母親が自分自身の性を否定していた。

初めての生理を恥ずかしいものとして扱われた。

初めて身体を重ねた男性との間に安心がなかった。

そんな一つひとつの経験が、自分の性との関係に影響していることがあります。

だからこそ、大人になった今、

「これは本当に私自身の価値観なのだろうか?」

と一度問い直してみることが大切なのだと思います。

母親が自分の性を否定している環境で育った女性

女の子にとって、幼い頃の母親はとても大きな存在です。

そして母親が自分自身の身体や性をどのように扱っているのかも、言葉だけではなく、表情や仕草、空気を通して伝わっていくことがあります。

例えば、幼い女の子が裸ではしゃいでいるとき、

「何やってるの!早く服を着なさい。恥ずかしいでしょ!」

と強く叱られる。

自分の身体に興味を持って性器に触れていたとき、

「汚いからやめなさい!」

と嫌悪感のある表情を向けられる。

もちろん、親には親なりの理由があったのかもしれません。

人前で裸にならないことを教えたかっただけかもしれない。

衛生面を心配していたのかもしれない。

自分自身も、そうやって育てられてきたのかもしれません。

それでも、まだ幼い子どもには、その細かな意図までは分かりません。

ただ、

「ここは触ってはいけない場所なんだ」

「私の身体には恥ずかしい部分があるんだ」

「性器は汚いものなんだ」

という感覚だけが残ってしまうことがあります。

母親自身もまた、その母親から同じような価値観を受け取っていたのかもしれません。

そう考えると、これは「母親が悪い」という話ではありません。

性に対する恥や否定が、気づかないまま世代を超えて受け継がれていくことがある

という話なのだと思います。

だから、その連鎖に気づいた人が、そこで一度立ち止まればいい。

「私はこの価値観を、これからも持ち続けたいだろうか?」

そう問いかけるところから、少しずつ変えていくことができます。

初めての生理をどう受け止めるか

そして思春期になると、女性は初めての生理を経験します。

自分の身体から血が出る。

初めて経験する女の子にとっては、とても大きな出来事です。

そのとき、その血を、

「汚れたもの」

「隠さなければいけないもの」

として見るのか。

それとも、

「自分の身体が成長し、月経という自然な営みが始まった証」

として見るのか。

その違いは、自分の身体をどう捉えるかにも影響すると思います。

そして、その時期に大きな影響を与える存在の一人が母親です。

初めて生理が来たことを伝えたとき、

「人に知られないようにしなさい」

と気まずそうな顔をされたり、生理そのものを嫌なものとして語られたりすれば

「これは恥ずかしいことなんだ」

と受け取ってしまうこともあるでしょう。

反対に、

「おめでとう。身体が成長したんだね」

と温かく受け止めてもらったらどうでしょう。

そして、

「生理は女性の身体に起きる自然なことだよ」

と明るく教えてもらえたら、

自分の身体に起きている変化を、必要以上に恥じずに受け止めやすくなるかもしれません。

大切なのは、生理を美化することではありません。

生理痛がつらい日もあります。

体調が悪くなることもあります。

ただ、それと「自分の身体そのものを恥じること」は別です。

生理があるから汚いのではありません。

女性器があるから恥ずかしいのでもありません。

自分の身体に起きていることを、自分自身が敵にしなくていい。

その感覚は、自分の性を受け入れていく土台の一つになると思っています。

男性との初体験が性を開くことも、閉ざすこともある

そしてもう一つ、女性の性に大きな印象を残すことがあるのが、

男性との初体験です。

初体験は、男性にとっても女性にとっても特別な経験です。

初めて、とても無防備な状態で相手に身体を委ね、身体を重ねるからです。

だからこそ、

相手があなたをどう扱うのか。

あなたの身体をどう扱うのか。

あなたの気持ちを確認してくれるのか。

そして何より、

「この人の前なら安心していられる」

と感じられるのか。

これはとても大切です。

安心できない相手だったり、安心できない環境だったりすると、身体は緊張します。

すると、触れられている感覚や心地よさに意識を向ける余裕がなくなり、

「全然気持ち良くなかった」

「セックスって、思っていたより気持ち良くないんだ」

という印象が残ることもあります。

さらに相手から、

「君とのセックスは気持ち良くない」

「もっとこうしてよ」

など、自分の身体や反応を評価されるような経験をしたら、

「私じゃダメなのかな」

「私の身体がおかしいのかな」

「もうセックスはしたくない」

と、自分自身を責めてしまうこともあるでしょう。

だから、初めて誰と身体を重ねるのかは大切だと思っています。

ただし、

初体験ですべてが決まるわけではありません。

最初の経験が苦いものだったとしても、その後の経験によって、自分の性との関係は変えていくことができます。

安心できる人と出会い、

「嫌だったらやめていいよ」

「ゆっくりでいいよ」

「どうしてほしい?」

と、自分の気持ちや身体を尊重してもらう。

そんな経験を少しずつ積み重ねることで、

「身体を委ねても大丈夫かもしれない」

「感じても大丈夫かもしれない」

と、新しい感覚を育てていくことはできます。

どんな家庭環境で育つかは選べない。だから大人になってから自分を癒す

私たちは、どの家庭に生まれるのかを選ぶことはできません。

どんな母親や父親のもとで育つのか。

性についてどんな言葉を聞くのか。

初めての生理をどう扱われるのか。

家庭の中で男女がどのように関わっているのを見るのか。

子どもの頃は、その環境を選択することができません。

だから、家庭の価値観をそのまま「世界の常識」として受け取ってしまうことがあります。

でも、大人になった今も、その価値観を一生持ち続けなければいけないわけではありません。

ここからは、自分で選び直すことができます。

まず、自分の中を見つめてみる。

私は性について、どんなイメージを持っているだろう。

「セックス」という言葉を聞いたとき、身体はどう反応するだろう。

女性器について、私はどう感じているだろう。

自分が快感を感じることについて、どんな感情が出てくるだろう。

恥ずかしい。

怖い。

汚い。

申し訳ない。

相手にどう思われるか不安。

もしそんな言葉が出てきたとしても、すぐに消そうとしなくていいと思います。

まずは、

「私はそう感じているんだ」

と気づいてあげる。

そして、

「この価値観はどこから来たんだろう?」

と、自分自身に優しく問いかけてみる。

もしかしたら、自分の本音だと思っていたものが、ずっと昔に誰かから受け取った言葉だったことに気づくかもしれません。

「私は気持ち良くなっていい」と自分に許してあげる

自分を愛して癒す

そして少しずつ、

「私は気持ち良くなっていい」

「快感を感じても大丈夫」

「自分の身体を好きになってもいい」

「自分が心地よいことを選んでもいい」

と、自分自身に許可を出していく。

これは、誰かのためではありません。

男性を喜ばせるためでも、セックスが上手になるためでもありません。

自分の身体を、自分自身が大切にするためです。

そして「気持ち良くなることを許す」というのは、何でも受け入れることでもありません。

嫌なものには「嫌」と言っていい。

今日は触れられたくないなら、触れられなくていい。

途中で気持ちが変わったら、やめてもいい。

逆に、

「もっとこうしてほしい」

「ここは心地いい」

「今日は触れてほしい」

と言ってもいい。

自分の「嫌」も「好き」も同じように尊重する。

それこそが、自分の性を自分自身のものとして取り戻していくことだと思っています。

そして、その過程を一緒に歩いてくれるパートナーがいたら、とても心強いでしょう。

急かさない。

評価しない。

比較しない。

無理に求めない。

相手が安心できるまで待つ。

そして、お互いの心地よさについて本音で話せる。

そんな関係の中では、セックスは「上手くやらなければいけないもの」ではなくなります。

二人で少しずつ知っていくものになります。

性を開くとは、自分自身に戻っていくこと

私は「性を開く」ということを、単に性的に積極的になることだとは考えていません。

たくさんセックスをすることでもありません。

性的な快感を強く感じられるようになることだけでもありません。

セックスをしたい日には「したい」と言える。

したくない日には「したくない」と言える。

気持ちいいときには、その感覚を受け取れる。

嫌なときには、身体の声を無視しない。

そして、自分の身体を「恥ずかしいもの」「汚いもの」として扱うのではなく、

「これは私の大切な身体なんだ」

と思えること。

それが、自分の性を受け入れるということなのではないでしょうか。

過去は変えられないけれど、今から未来は変えられる

過去は変えることができません。

母親から言われた言葉も、

初めて生理が来た日の記憶も、

初めて身体を重ねた相手との経験も、

なかったことにはできません。

でも、その経験をこれからどう捉え、どんな価値観を選んで生きていくのかは変えることができます。

だから、もし今まで自分の性を否定してきたのなら、

今日から少しずつでいい。

「私は、私の身体を大切にしていい」

「私は、心地よさを感じていい」

「私は、気持ち良くなっていい」

そう自分自身に伝えてあげてください。

誰かから許可をもらう必要はありません。

あなたの身体で感じることを許してあげられるのは、まずあなた自身なのです。

そして、その安心の先に、パートナーとの触れ合いや性も、今までとは少し違ったものとして見えてくるかもしれません。

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この記事を書いた人

セラピスト歴約3年。施術・カウンセリングを通して、スキンシップが心身や夫婦・カップルの関係に与える影響を研究しています。

現場での経験と科学的な知見をもとに、触れ合いの大切さを発信しています。

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